チェルノブイリ原発事故、味噌に救いを求めた人々

チェルノブイリ原子力発電所

チェルノブイリ原発事故は、1986年4月に旧ソ連で起きた、20世紀最悪の原発事故。大量の放射性物質が大気中に放出され、その汚染は北半球全体に及び、広範囲にわたり、甲状腺がんの増加や、農産物汚染など、深刻な影響が出た。現在も原発半径30km圏内は居住禁止区域となっている。

当時、「味噌が放射線の害から守ってくれる」という説がにわかに広まり、事故が起きた年の味噌の輸出量は前年比108%、150トンほど増加(財務省・日本貿易月報)。もともと増加傾向であったが、ヨーロッパの人々に味噌が広く知られる機会になったことは紛れもない事実。

愛知県岡崎市の合資会社八丁味噌(カクキュー)では、事故後、欧州からの注文が殺到。それまでの輸出量は月2~3トンだったのに対し、6、7、8月は平均14トンにも及んだ、と記録されている。

事の発端は1945年8月9日。長崎に原子爆弾が投下された際、爆心地より1.4kmにあった病院で被ばくした秋月辰一郎医師の記録。「私と一緒に患者の救助や治療にあたった従業員に原爆症が出ない原因の一つは『わかめの味噌汁』であったと私は確信している」と書き残していることだ。著書『長崎原爆記―被爆医師の証言』は、ヨーロッパ諸国で翻訳された。

当時、科学的な研究はされておらず、秋月氏の「体験談」として広まったが、もともと健康食の代表格である「味噌」という信頼のもと、藁にもすがる思いで味噌に助けを求めたのだろう。

そもそも大量の放射線を一度に浴びることは、事故以外には滅多にない。だが、2011年に起こった福島第1原子力発電所の事故は、「国際原子力事象評価尺度(INES)」で最悪の「レベル7」。これは、チェルノブイリ原発事故と同レベルである。放出した放射性物質の量は遥かに少ないとされているが、今後も同じような原発事故が起こる可能性は十分にあり得る。

また、CT スキャンなど医療被ばくは、年間の被ばく上限1 ミリシーベルト※を超えるものもあるので注意が必要だ。

「味噌が放射線の害を防ぐ」を科学的に実証した広島大学の渡邊敦光先生の実験(下記)によると、味噌の放射線防御作用を期待するのであれば、被ばくする前に味噌汁を食べることが重要だそうだ。そう考えれば、日常的に味噌汁を飲む日本の食事スタイルに、なおありがたさを感じずにはいられない。

味噌の放射線防御作用を動物実験で実証

広島大学の渡邊敦光先生率いる研究チームによると、実験用マウスに7日前から「Ⓐ普通のエサ」「Ⓑ食塩入りのエサ(味噌と同じ食塩濃度)」「Ⓒ味噌入りのエサ」を与え、放射線を照射。3日半後、マウスを解剖し、細胞分裂が盛んで放射線障害が起きやすい「小腸(腺窩)」の状態を観察したところ、「Ⓒ味噌入りのエサ」が一番小腸の細胞(腺窩)が再生していた。

※黒い丸印が細胞(腺窩)が再生した箇所

実際の画像で見ると、黒い丸印が細胞(腺窩)が再生した箇所だ。また、放射線を照射したあとに味噌入りのエサを与えても効果はなく、あくまで“事前に食べた”マウスに結果が表れた。

さらに、熟成期間が違う味噌で同じ実験をしたところ…。「2年熟成」までは放射線防御作用が増加したものの、「5年熟成」では減少し、「10年熟成」では全く効果がなかったことから、「熟成」が大切で、熟成過程でつくられる「メラノイジン」が要因の一つではないか、と渡邊先生は予測している。  一口に放射性物質といってもさまざまあり、人では実験ができないため、当然ながら「100%放射線の害を予防する」とは断言できないが、秋月医師の経験談、渡邊先生の動物実験は、非常に画期的な研究で、業界内外から多くの注目が集まった。

株式会社ミソド代表取締役、一般社団法人みそまる普及委員会理事、月刊「ジャパン味噌プレス」編集長、みそソムリエ。アパレル販売員、読者モデルを経て、2011年「ミソガール」として味噌の普及活動を開始。みそまる考案。ミラノ万博や伊勢志摩サミット等イベントやメディア出演を通し、味噌の魅力を伝えている(2019年MISODOに改名)。『みそまる』(宝島社)、『手軽に作れて、キレイに効く! みそまる』(主婦と生活社)等著書多数。※サイトに掲載している記事は取材当時の情報のため、現在と内容が変わっている可能性がございます。