松本で受け継がれる昔ながらの味噌玉造り「萬年屋」

天保3年(1832年)創業、長野県松本市にある萬年屋では、全国でも数少なくなった伝統製法「味噌玉造り」を今も守り続けています。春の空気の中で菌を育て、ゆっくり時間をかけて仕込まれる味噌。その背景には、土地に根ざした発酵文化を次の世代へつないでいこうとする思いがありました。

「味噌玉造り」という古来の製法

一般的な味噌は、蒸した大豆に最初から麹と塩を加えて仕込みますが、萬年屋が受け継ぐ「味噌玉造り」は、その工程が大きく異なります。

まず春先、桃の花が咲く頃に大豆を蒸し、細かく潰したあと、大きな団子状の“味噌玉”をつくります。この段階では、まだ麹も塩も加えません。味噌玉は蔵の棚に並べられ、約3週間、自然の環境の中で熟成されます。その間に、蔵や空気中に存在するさまざまな菌が味噌玉に付き、内部でゆっくり発酵が進んでいきます。

桜が咲く頃になると、味噌玉の表面に泡が現れ、ほのかにアルコールの香りが立ち上がります。これは、菌が活発に働き始めたサインです。十分に熟成した味噌玉は、一度崩してから、ここで初めて麹・塩・水を加えて混ぜ合わせ、仕込み桶へ。

そこから夏を越し、秋から冬にかけて、萬年屋ならではの味噌へと育っていきます。麹を最初から加えるのではなく、“菌を育てる時間”を先に持つこと。そこに、味噌玉造りならではの深い味わいの理由があります。

季節と温度が味を決める、繊細な発酵

味噌玉造りは、とても繊細な製法です。ほんの数度の気温差でも、味噌の仕上がりに影響が出ることがあるといいます。

以前、春先の気温が思うように上がらず、味噌玉からアルコールの香りが出ないまま仕込んだ年には、いつもとは異なる味に仕上がったこともあったそうです。それ以来、窓に目張りをしたり、ヒーターを使ったりしながら、その年ごとの気候と向き合っています。

一方で、特別に管理しすぎないことも、この製法の特徴。温度や湿度、風通しなど、その土地の自然環境を活かしながら、蔵に棲みつく菌の力を信じて仕込まれていきます。

味噌玉造りを支える人たち

仕込みの時期には、毎年信州大学の学生たちが住み込みで手伝いに訪れます。OBも含めてシフトを組みながら作業を支え、経験者が戻ってきてくれることも多いそうです。

6代目・今井誠一郎さんが味噌仕込みから出荷作業まで現場を担い、女将・香織さんが営業やSNS発信、事務仕事を担当。夫婦で力を合わせながら、蔵の日常を支えています。

また、野沢菜漬けや伝統野菜「かた大根」のたくあん、松本本うりの粕漬けなど、発酵や保存の知恵を受け継ぎながら、地域の食文化を伝える商品づくりも行っています。

次の世代へつないでいくために

萬年屋では現在、減塩味噌の開発にも取り組みたいと考えています。塩分5%ほどに抑え、フレンチやイタリアン、お菓子づくりなど、新しい使い方にも広がる味噌を目指しています。

また、長年使ってきた鉄製の釜も更新予定で、今後はステンレス製へ。温度管理をより細かく行えるようになり、少量多品種の仕込みにも対応しやすくなるそうです。

そして今年、一人息子が東京農業大学の醸造科学科へ進学。小学生の頃から家業を継ぐことを考えていたといいます。発酵や醸造を学び、蔵へ戻ってくる頃には、創業200年という大きな節目も近づいています。

信州の食文化を次の世代へ

同じ味噌玉造りの製法でも、麹歩合の違いで「新撰」「豊麗」「極味」など、それぞれ味わいは大きく異なります。甘み、香り、余韻の違いを感じながら食べ比べを楽しむのもおすすめです。

「味噌玉造りの味噌は、一度食べると違いが分かると思います。全国でも数えるほどしか残っていないこの製法を、まずは知ってほしい、そして味わってほしいです」と今井さんは語ります。

先代が復活させた味噌玉造りを守り、次の世代へつないでいく。春の松本で仕込まれる味噌には、そんな時間の積み重ねが詰まっていました。

【萬年屋】
長野県松本市大手3-5-13
TEL/0263-36-2512

文/秋山昭代

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