2009年厚生労働省は、高校生の4割超が「生活習慣病予備軍」と発表しました。また、豊かな時代のはずなのに、いじめや殺人、自死など、子どもたちを取り巻く悲しいニュースが絶えません。教育・食育アドバイザーの大塚貢さんは、ひどく荒れた中学校の校長に赴任した際、子どもたちの生活を徹底的に調査し、その大きな原因は「食」にあることを突き止めました。そこで、授業の徹底見直しとともに、「給食改革」を行い、週5日米飯、地産地消の魚と野菜をおかずにすると、みるみる非行やいじめが消え、成績もぐんと向上。大塚先生の取り組みは、やがて地域全体に広がり、全国へと広がりを見せています。新学期が始まる9/1の前後は、子どもたちが自死する率が高い時期。「食」を変えるだけで家庭でも学校でも、明るい希望がもてることを実証してきた大塚先生に、「食」や子どもたちとの関わりについて、教えていただきます。
赴任先の中学校はどんな状況でしたか?
1992年、私が校長として赴任した先は、生徒数約1200人のマンモス中学校でした。生徒は学習に対して無気力で、いじめや非行が絶えず、不登校の生徒も50人ほどいました。暴走族がバイクで学校の廊下を走り回り、窓ガラスが割れるのは日常茶飯事、校内にはタバコの吸い殻が散乱していました。そういう学校が全国的に多かった時代でしたが、とにかくひどかったです。
どんな改革をされたのですか?
子どもが無気力な原因、イライラして非行やいじめを起こしてしまう原因を考え、赴任後すぐに授業を見ました。すると、思った以上に授業がつまらなかった。中には教材研究をするなど努力している先生もいましたが、子どもに理解されやすい、楽しい授業をしようという、自覚や意気込みが欠けているように感じました。
そこで、授業を公開して意見交換、切磋琢磨して指導力を磨きました。「こんな授業をよく30年も平気でやってきましたね」など厳しい意見も出ましたが、授業の質はみるみる向上。机にうつ伏せていた生徒が、きちんと姿勢を正して先生の話を聞くようになるなど、見事に変化があらわれました。子どもたちは正直です。みな面白ければ集中して授業を聞くし、外へ出て非行や犯罪なんてしなくなります。次第にいじめも少なくなっていきました。しかし、それではまだ不十分で、問題の根源は「食」だと気づいたのです。
アンケートを取ると、朝食をとらない学生が37%もいて、やはりその中に、問題のある子たちが多く含まれていました。当然ですが、朝食を抜くと空腹でイライラし、そのはけ口がいじめや非行につながります。あるとき朝礼で非行少年たちが次々に倒れることがあり、何かおかしい。これは原因があるはずだと考えました。
当時、生徒たちはどんな食生活でしたか?
あるスポーツ大会の朝、コンビニエンスストアの前で張り込みをして生徒たちを観察。そこで目にしたのは、親と生徒が車で乗り付け弁当を次々と買う姿でした。問題行動の多い生徒のかなりが、コンビニ弁当やファーストフード、即席麺、菓子類、合成甘味料や合成着色料の入ったジュースなどを常食していたのです。育ち盛りなのに、血をきれいにするものをほとんど口にしていないのは、明らかに問題だと直感しました。そこで、まずは1日1食でもバランスのよい食事をと考え、給食を変えようと試みたのです。
どんな給食にされたのですか?
当時の給食は、米飯は週1回のみで、主食は揚げパンやソフト麺、ハンバーガーなどが大半で、おかずは肉がほとんどでした。それを、週5日米飯にして、米や野菜・大豆等は無農薬や低農薬の地元産、肉や魚は国内産の生産地が明確なものに切り換えるなど徹底しました。お米には、発芽玄米を加えています。虫がつかない野菜、カビが生えない輸入食品、これらを毎日食べれば、何かしらの影響が出るのは当然です。自分で自転車を走らせて畑を回り、農家と直接交渉もしました。
興味深い研究があります。上智大学の福島章教授がメキシコで農薬多用地域と農薬不使用地域の子どもの脳の状況を調べた調査です。子どもたちに人間の絵を描かせたところ、農薬不使用地域の子どもたちは上手に絵が描けるのに、多用地域の子どもたちは人間と認識できないような絵ばかり。明らかに、脳に影響が出ていることを裏付けるようなものでした。
みそ汁は月に1、2回しか給食に出ない学校も多かったのですが、回数を増やし、季節の野菜や海藻をたっぷり入れた具だくさんのみそ汁を提供しました。地元産の大豆を使用したみそを購入する学校、自分たちでみそを仕込んで食している学校もあります。
給食を変えると、どんな反応がありましたか。
今でこそ「地産地消」や「食育」という言葉がもてはやされ、「和食」の良さが見直されていますが、当時は、パンをごはんに変えよう、頭からしっぽまで食べられるイワシやサンマなどの魚と野菜を多くしよう、と提案すると、親も子どもも猛反対。「給食費を払っているのだから、子どもが好きなものを食べさせてほしい」と言う親もいました。揚げパンなどの菓子パン、ソフト麺や中華麺を食べて育ってきている先生たちからも、反対の声が上がりました。調理する人も、米を洗って炊くこと、ごはん粒がこびりついた箸や食器を洗うことなど、米飯は手間がかかると嫌がりました。唯一、賛同してくれた栄養士の先生に米飯給食の試食会や講義をしてもらい、時間をかけて先生たちを説得していきました。
生徒たちにどんな変化が表われましたか?
結果ははっきり出ました。1年でまず、学校のタバコの吸い殻が消え、2年目後半からは非行や犯罪が消えました。不登校も2人までに減ったのです。生徒たちが自らすすんで花に水をあげるようになり、学校は美しい花に囲まれ、全国花壇コンクールで文部大臣賞を受賞しました。
そればかりか、自主的に本を読むようになり、昼休みになると図書館が満席になり、読売新聞の作文コンクールで文部大臣賞を受ける生徒も出てきたのです。真田町の教育長になったとき、学校は荒れていました。そこで、授業改革・食の改善に取り組みました。重度のアトピーやアレルギー、中性脂肪・コレステロールの高い子どももいなくなりました。旧真田町では、その後10年以上非行や犯罪がゼロ(上田警察署)、全国学力テストでは、全国平均よりかなり高い成績を上げています。
凶悪犯罪が起きることについて見解を教えてください。
昨今、世間を騒がす未成年の犯罪や原因不明とされる異常犯罪にも、食が大きく関係しているでしょう。私は、これまで少年の凶悪犯罪を起こした子どもの学校やまちに行って調査をしていますが、共通するのが、肉やコンビニ弁当を常食していることです。経済的に貧しいだけでなく、エリート家庭にも、問題は多く起きています。子どもが喜ぶからと肉ばかりを偏って与えるなどした結果、体だけでなく「脳」がおかしくなり、思いついたらどんなことでもやってしまう、コントロール不能な人間ができてしまうのです。
子どもたちとの関わり方について教えてください。
非行を起こす子どもの親を呼んで指導を頼んでも「うるせぇ」などと言って、子どもは親の言うことを聞きません。なぜなら、その子たちは、「今日、母ちゃんは何をつくってくれたかな」と、母親の気持を思いながら弁当箱を開くことがありません。家庭では「今日はお弁当おいしかった?」と、親が子に問いかける場面もない。親子の心の絆が薄れてしまっているのです。
自分の好きな菓子パンや弁当を買って食べるのだから、親は“お財布代わり”でしかないパターンが増えているのです。
大塚先生の伝えたい思いについて教えてください。
たった1食でそんなに変わるのかとよく聞かれますが、私はそれを実証してきました。1食で栄養バランスがとれているので、家庭で少々食が乱れても、大丈夫なのです。 私の行ってきた取り組みを実際に取り入れてくれる市や企業も出てきています。
福井県の小浜市は、給食を輸入食材から地元産に切り替え、若狭湾でとれる魚や地場産の野菜、低農薬の米飯にしました。その結果、全国学力テストでは、なんと小・中学校ともに市の平均点が全国1位に。静岡県三島市でも同様に、給食や家庭の食を変えたところ、4億円近く赤字だった国民健康保険がなんと黒字になったのです。
また、教育現場だけでなく、取り入れる企業も増えてきました。社員食堂の食材を地元産の無農薬野菜や日本産の魚等に変えたところ、社員の士気が高まり、生産性が上がり、医療共済の赤字が黒字になった例もあります。
食への意識は確実に高まっていますが、まだまだ防腐剤・防カビ剤等を入れた輸入食材や、肉や脂が多い給食を出している学校が多い。何年経っても腐らないハンバーガーやハム、菓子パンなど、家庭でも学校でも食べていたら、やがて子どもたちは生活習慣病になってしまうでしょう。バランスのとれた「食」によって、子どもたちの心と体が育まれるのです。その土台があってはじめて、子どもたちの学力が備わったり、夢や希望ができるのだと思います。
【取材を終えて…】
資料を開いて、一つひとつ丁寧に話される大塚先生。取材は5時間に及びました。給食改革には、相当なご苦労があったと思います。大塚先生のご尽力で「食育」という言葉が広がったといってもいいでしょう。先生は、たった一食を変えるだけで、子どもたちが変わることを実証されましたが、私には、みその楽しさやおいしさを伝えることで、食の意識を変えるきっかけづくりができます。大塚先生からは、「あなたがやっていることは、とても大事なことだよ。これからもがんばってください」とエールをいただきました(藤本智子)。