横浜市瀬谷区の住宅街にある「糀屋川口」は、200年以上にわたり伝統的な製法を受け継ぐ老舗の麹屋です。店主こだわりの麹や味噌、甘酒、塩麹ほか、全国から厳選した仕込み道具などを販売しています。
また、定期的に開催している味噌仕込み教室は、すぐに満席になるなどの人気ぶり。良質な原料や道具を求め、全国各地の生産者や職人のもとを訪ね歩くという、9代目の川口恭さんにお話を伺いました。
聞き手/秋山昭代
【川口恭さんプロフィール】
1975年生まれ、横浜市出身。高校卒業後、専門学校で経営学を学ぶ。その後、家業の「糀屋川口」で修行を積み、2019年に9代目に就任。
普段のお仕事について教えてください。
3年ほど前に先代である父が引退してからは、私1人で製造を行い、母が販売を担当しています。
製造がある日は、夜中3時から朝7時頃まで麹や味噌、塩麹などの仕込みをしています。特に塩麹は、一度に60㎏ほどつくりますが、温度管理に手間がかかり大変な作業です。
製造を終えた後は、商品の出荷や当店で運営している畑の手入れなどを行います。午後は、お店の対応や味噌仕込み教室など。休む間もなく慌ただしい日々を過ごしていますが、充実しています。
また、月に一度、全国各地の米や大豆の生産者や道具の職人のもとを訪ね、知見を深めるとともに、自分が実際に見て納得した原料や商品を仕入れるようにしています。
麹のこだわりを教えてください。
「糀屋川口」の創業は1818年、昔ながらの伝統的な手づくり製法を代々受け継いでいます。そして、さらに自分なりに改良を重ねて、今の製法にたどり着きました。
おいしい味噌をつくるには、9割が麹にかかっていると言っても過言ではありません。当店の麹は、どちらかというと、フワフワの麹ではなく、菌糸を米の中まで入れることにこだわっています。
また、中でも原料の選定は最も大切で、顔の見える生産者と直接取引しています。米の選定基準は、加工用米ではなく「そのまま食べてもおいしい」ということが第一条件。現在は、京都府産の「コシヒカリ」を使用しています。
看板味噌「糀屋九代目」の特徴は?
味噌の看板商品は、「糀屋九代目」です。
大豆の倍量の麹を使用した20割麹で、甘みがありながらもすっきりとした味わいが特徴。サワラ材でつくられた木桶に無加水で仕込み、天然醸造で10か月程度熟成させています。
米は京都府丹後産「コシヒカリ」、大豆は北海道産「とよむすめ」、塩はメキシコ産の天日塩を使用しています。
出汁を引かなくても、おいしいお味噌汁ができます。そして、煮込んでも旨味と香りが飛ばず、おいしさが増すのが特徴です。
お仕事で大切にしていることは?
幼い頃から家業を継ぐことが決まっていたのもあり、仕事を始めた当初は、淡々と仕事をこなしていたように思います。
ですが、自分に子どもができてからは、食への意識がまるで変わりました。子どもにもっとよいものを食べさせてあげたいと、食の本質的な部分にも関心を持つようになりました。そこから仕事に対しての向き合い方も大きく変わっていったと思います。
あと、レストラン「ペタル ドゥ サクラ」のオーナーシェフ・難波秀行さんとの出会いが、自分の価値観を大きく変えてくれました。たまたま来店された際に接客しただけなのですが、その短い時間の中でも、難波さんの温厚なお人柄と仕事への情熱をひしひしと感じ、強く感銘を受けたのです。今でも、当店の味噌や塩麹などを、レストランで使ってくれています。
味噌は生き物なので、ストレスのない環境下でこそ、おいしく発酵・熟成します。以来、私も笑顔を絶やさず、優しい気持ちですべての仕事に励むように心掛けています。
今後の展開、夢を教えてください。
ありがたいことに、つくった商品は、ほぼ地元の方や飲食店で愛用いただいていて、全国に流通させる分はありません。また、私の製法や思いに共感してくれた同業者から、製法や道具についてのお問い合わせを頂くことも多く、ありがたく思っています。
まだまだ自分としては発展途上だと思っていますが、他と比べるのではなく、“常に自分の中で一番でありたい”と日々、仕事に打ち込んでいます。これからも、その思いを大切にしていきたいと考えています。
夢は、地元の皆さんが繋がれるような場所をつくること。たとえば、敷地内に檜の足湯や、麹や味噌を提供するカフェなど、癒しや交流の場になるような、そんな場所にしたいと考えています。