ヤマト醤油味噌・山本耕平さん「“一汁一菜に一糀”をライフスタイルとして提案したい」

古くから発酵文化が根付いている金沢市は、まさに「発酵食品の聖地」とも言える場所。この地で1911年に創業したヤマト醤油味噌は、木桶を使った伝統製法を守りつつも現代の衛生管理技術を取り入れ、味噌や醤油、甘酒、ドレッシング等を製造・販売している老舗の蔵元です。古きよき日本の食文化を、現代人の暮らしに合うようにアップデートして提案。営業部部長の山本耕平さんに、お話を伺いました。

聞き手/藤本智子

【山本耕平さんプロフィール】
1985年生まれ、石川県出身。大学卒業後、富永貿易株式会社に就職。2010年に株式会社ヤマト醤油味噌入社。現在は、WEBマーケティングを中心に営業や広報も担当。

ヤマト醤油味噌について教えてください。

当社は、初代が船乗りとして北海道への商いを開拓、2代目が醤油づくりを始め、3代目が味噌づくりを始めました。そして、現在の4代目が父・山本晴一で「伝統は革新の連続」という理念を掲げ、発酵文化をさらに広めるべく、多角的に事業を展開しています。

言わずと知れた「加賀百万石」の城下町である金沢市は、加賀料理という豊かな食文化が発展。昔から味噌や醤油、酢などの醸造業が盛んです。

現在は、味噌や醤油、甘酒、ドレッシング等多数の商品を取り扱っていて、本社工場のある「糀パーク」を拠点に日本全国へ販売するほか、世界十数か国に輸出しています。「糀パーク」では、糀料理が楽しめる「発酵食美人食堂」(会員制)の運営ほか、さまざまな体験プログラムを提供するなど、発酵文化を伝えるために、さまざまな取り組みを行っています。

どんなお仕事をされていますか?

味噌のことを学ぶため入社後製造部門を経験、その後営業部に異動しました。初めて任された商品は、社運をかけて発売を開始した「玄米甘酒」。今では看板商品の一つとなった「玄米甘酒」ですが、当時は甘酒がブームになる前だったため、新規の顧客を獲得するのも一苦労。

前職の貿易関係で営業を担当していた経験を生かし、飛び込みでさまざまな所に営業に出向きました。「ただ頭を下げるのではなく、商品の活用方法をクリエイティブに提案するのが営業の仕事」という前職の先輩の言葉が背中を押してくれました。現在は、WEBマーケティングを中心に営業や広報等、幅広く担当しています。

味噌づくりのこだわりを教えてください。

米、大豆、小麦など、味噌や醤油の主原料は、すべて国産にこだわっています。代々大切にしているのは、“風味のよさは後付けできるものではなく時間がつくりだすもの”という考えです。厳選した原材料を使用し、じっくりと時間をかけて丁寧につくることを大切にしています。

そして、もう一つのこだわりは、80年以上受け継ぐ木桶で半年~1年以上熟成させることです。一般的な熟成期間より3~6か月以上長く寝かせるため効率はよくありませんが、塩かどのとれた長期熟成ならではの芳醇な味わいに仕上がります。

プラスチックやステンレス製のタンクは清掃が簡単ですが、菌は棲みつけません。木桶そのものや蔵の中には、蔵付酵母と呼ばれる独自の酵母が生きており、当社ならではの味わいを醸し出します。現在、さらに長期熟成型のプレミアム味噌も試験的に販売を開始しています。

読者に一言お願いします。

現代は食生活が欧米化し、毎日がハレの日のような豪華な食事で栄養も偏りがちです。こんな今だからこそ見直したいのが、日本の伝統食だと考えています。一見質素な食事スタイルである和食ですが、炭水化物やタンパク質、脂質のバランスがよく、ビタミンやミネラル、食物繊維も豊富。バランスのとれた健康食であることから、和食は世界で注目されています。

和食の基本は、一汁一菜に加え、発酵食品を使用していること。当社では、こうした発酵食品の良さを広く世の中にお伝えし、次世代にも繋げていくため「一汁一菜に一糀」の食生活提案を行っています。糀を使った発酵食品の製造を通して、先人の知恵の塊である“和食の素晴らしさ”を伝えていきたいと考えています。

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